自分らしさ、を考える。
2005年 01月 19日
自分らしく
この記事を見て、色々風呂の中で考えていたら、その過程で下の一連の気付きを得られた。
ので、トラックバック。
「楽しく自分らしく」生きるって良くおれは言うけれど、自分らしいってのは「確固たるもの」ではないと思っている。
10月の自分と1月の自分は確実に違う。去年の4月、5月なんて、不安で自信がなくて、泣きそうだった。というか、そもそも昨日の自分と今日の自分でさえも大きく違うし、おそらく4月、5月は今からは想像できないような状態になっているだろうと思う。友人と話した際にも言ったのだけれど、変化することに対して、寛容でありたいと思っている。だから、どんな自分が来ても、怖くない。
だから、「企業選びとは、確固たる自分があって、自分らしい自分を器にあてはめる」ということではないと思う。
じゃ、自分らしさって何なのさってことだ。
なんだろう。どう表現すればいいんだろう。
ぬいぐるみの中に針金が入ってるやつあるじゃないですか。そのぬいぐるみは、色々な服を着せられたり、ポーズをとったり、あるいは、色を塗ったり、そもそもぬいぐるみのまわりのやつ(?)ごと変えられるかもしれない。でも、中に入っている針金の部分は変わらないでしょう? 曲がったりはするだろうけど、その針金が変わっちゃったら、もう別のものになっちゃう。確かに自分は変わっていくし、それが面白いんだけれど、でも明日朝起きたらベッカムになってました、ってことにはならない。
自分が自分足りえるもの。
”針金”の部分が絶対あると思う。
全くの別人に豹変はしない。
どこかで、必ず、何かが、つながってる。
それが、自分らしさ、じゃないのかな、と思う。
自分、と自分らしいは違う。
自分の核にあるもの。
自分の本質。
見つけるのは、ものすごく難しいし、正直自分が本当に見つけられたのかと聞かれれば、それは良く分からない。
でも、絶対に、ある、と思う。
それを大切にするなら、正直、どこに就職するかっていうのは、さほど重要じゃなくて、そこで自分が何をしたいか、何をするのか、どう生きるのか、っていう方がずっと大切な気がする。
それを考える自信はあるから、自分が受けたいなと思った企業ならどこでも「自分らしく」生きる自信がある。
まあ、この考えも変わるかもしれないなー。
blogって面白いですね。
この記事を見て、色々風呂の中で考えていたら、その過程で下の一連の気付きを得られた。
ので、トラックバック。
「楽しく自分らしく」生きるって良くおれは言うけれど、自分らしいってのは「確固たるもの」ではないと思っている。
10月の自分と1月の自分は確実に違う。去年の4月、5月なんて、不安で自信がなくて、泣きそうだった。というか、そもそも昨日の自分と今日の自分でさえも大きく違うし、おそらく4月、5月は今からは想像できないような状態になっているだろうと思う。友人と話した際にも言ったのだけれど、変化することに対して、寛容でありたいと思っている。だから、どんな自分が来ても、怖くない。
だから、「企業選びとは、確固たる自分があって、自分らしい自分を器にあてはめる」ということではないと思う。
じゃ、自分らしさって何なのさってことだ。
なんだろう。どう表現すればいいんだろう。
ぬいぐるみの中に針金が入ってるやつあるじゃないですか。そのぬいぐるみは、色々な服を着せられたり、ポーズをとったり、あるいは、色を塗ったり、そもそもぬいぐるみのまわりのやつ(?)ごと変えられるかもしれない。でも、中に入っている針金の部分は変わらないでしょう? 曲がったりはするだろうけど、その針金が変わっちゃったら、もう別のものになっちゃう。確かに自分は変わっていくし、それが面白いんだけれど、でも明日朝起きたらベッカムになってました、ってことにはならない。
自分が自分足りえるもの。
”針金”の部分が絶対あると思う。
全くの別人に豹変はしない。
どこかで、必ず、何かが、つながってる。
それが、自分らしさ、じゃないのかな、と思う。
自分、と自分らしいは違う。
自分の核にあるもの。
自分の本質。
見つけるのは、ものすごく難しいし、正直自分が本当に見つけられたのかと聞かれれば、それは良く分からない。
でも、絶対に、ある、と思う。
それを大切にするなら、正直、どこに就職するかっていうのは、さほど重要じゃなくて、そこで自分が何をしたいか、何をするのか、どう生きるのか、っていう方がずっと大切な気がする。
それを考える自信はあるから、自分が受けたいなと思った企業ならどこでも「自分らしく」生きる自信がある。
まあ、この考えも変わるかもしれないなー。
blogって面白いですね。
by shushokukatsudou
| 2005-01-19 20:32
| 自己分析、自己PR