就職活動のときにあえてその先を考えてみる と 就職活動を通じて、生きるって何か考える


by shushokukatsudou
カレンダー

<   2004年 12月 ( 37 )   > この月の画像一覧

エントリーシートって整理してますか? 同じような内容(時には全く同じ内容)が多いときには、以前書いたものが参考になる場合もありますよね。とりあえず僕はhtmlでまとめることにしました。参考になればと思って紹介してみます。とはいっても、ものすごく単純なんだけれど。

要するにそれぞれのESを個別にhtmlファイルに落とし込んだ上で、トップページをつくりそこからリンクを貼るだけです。トップページでESをカテゴライズしておけば見やすいし、文字数、企業名、日時などの情報もつけておくことでどのファイルを参照すればいいのか一目瞭然です。時間のある人は気分転換がてらデザインに凝ってもいいし。HP作成ソフトを使ったほうが楽だとは思うのですが、このパソコンには入っていないので(泣)、僕はタグで直接打ちました。ちなみに同じようなことはwordでも出来ますが(ハイパーリンク)、ウィンドウが複数立ち上がってしまうのと、ビジュアル的にあまり好みでないので、htmlファイルの方をお勧めします。一度テンプレート作っちゃうと、あと楽だし。

それとも、就活支援ページみたいなところで、ES整理用ツールとして出してたりするやつとかあんのかな?? なかったら試してみてください。おすすめです!!

htmlって何なのさ!っていう人はー・・・えー・・・”ホームページ”のことだと思ってください。それでもわかんねーよ、っていう方は、、、うーんと、wordの活用をお勧めします。

じゃ、参考までに。
[PR]
by shushokukatsudou | 2004-12-30 13:29 | ES

ライバルという存在

慶応生からトラバが!

大学名を出すつもりはなかったが、思わず笑ってしまう記事に出会ったので、TB。TB狂いか、おれは。

実は大学入試のとき早稲田は受けなかった。練習で受ける気すらしなかった。おのれ早稲田、と思っていたからだ。なぜ早稲田が嫌いだったかというと、、、、なんでだっけ。忘れた。今は特に好きとか嫌いとかいう感情はない。ただ、今でも早稲田の人間には負けたくはないとは思うし、それはこれからも変わらないと思う。というか負けない。早稲田も慶応も東大も関係ない、大学なんてくそくらえだ、おれはおれだ、誰にも負けない、と思うけれど、そうやって意識の外に追い出そうとしても、勝手に入り込んでくるのだ。意識の外に追いやろうとしている時点で、実は逃げられていないという皮肉が少し面白い。

ライバル関係というのがある。

東大と京大。
慶応と早稲田。
巨人と阪神。
猪木と馬場。
財前と里見。
アントラーズとジュビロ。(願望)

並び順に特に意図はない。


対になっている対象を見るときもっとも自身を意識する。それがライバルだろうと思う。あいつには負けたくない。あいつより上に行きたい。あいつに勝ちたい。そのために必死に努力をし、結果的に切磋琢磨する形になり、ひとりで頑張るよりずっと成長する。少なくともおれは、自分のためだけに頑張るより、誰かのために(それが勝ちたい対象であっても)頑張るほうが力を発揮することが出来る。
一方だけがライバルだと思っていても、それは単なる独りよがりでしかなく、双方がライバルと思わない限りその関係は成り立たない。実力も大体同じ。考え方も共通するところがある。でも向いている方向は同じでなく、それでいて対象のことを強烈に意識してしまう自分がいる。親友と同じく、ライバルというのは、容易には見つからないものだ。

人生のライバルに出会うことはあるのだろうか。



ちなみに少し特殊な環境下にいるので、自分は慶応だという意識も、実は、あまりない。のに、早稲田のことは意識する。不思議だ。


いずれこの感情からも卒業しなければいけないのだろうな。自分が大学を追いかけるのではなく、大学が自分を追いかけてくるような存在になりたい。

そう思っている。


いつだろう、10年後、いや、20年、そう、20年後かな。
[PR]
by shushokukatsudou | 2004-12-29 20:43 | その他の雑記
理解し合えるはずだという幻想

下の記事に追記(*)した。その関連で同じようなことが書いてあるblogがあったのでTB。恋愛における相互理解について、自分のことが書かれているのだが、論理的で分かりやすく、かつ面白いので、興味がわいた人はその他の記事も読んでみてください。


そもそも、「他者」だからコミュニケーションをするわけで、「他者」であるということを意識していなければ、コミュニケーションは成り立たない。議論が白熱し、興奮しだすと、人間は、その大前提を忘れてしまい、「なぜ理解できないの!?」とヒステリー状態、あるいはパニックに陥る。分かっていても、だ。1+1は2だということを理解するのが、実は一番難しかったりする。

昨日、フジテレビ系列の「徳川綱吉~イヌと呼ばれた男」で印象に残ったセリフがあった。討ち入り前の綱吉と大石内蔵助の会話。(実際はなかったとは思うが)

「人間はどう生きるべきなのか、もう一度考えてみろ」
「私は、どう死ぬかを考えています」

命より尊いものはないと考える綱吉と、忠義を果たそうとする内蔵助との、やり取り。どちらが正しいということはない。その鬩ぎ合いが生み出した言葉に出来ない緊張感に、つい引き込まれてしまった。その後、「命を尊ぶ」綱吉がなぜ切腹に処したのか、そこの心理描写については帰省する電車に乗らなければならず見られなかったのだが(残念!)、これもやはりコミュニケーションのひとつだろう。


コミュニケーションとは、必ずしも分かり合うことが目的なのではないのだろう。



そもそも目的ってなんだ、という話ではあるけれど。


就活とは全く関係ない話になったばかりか、当初の文脈ともそれてしまった。何も考えずに書き始めるからこうなってしまう。


・・・ESはこうならないように注意しないと。

*「GDでなんじゃこりゃ、という奴に遭遇したら。」の記事、追加部分
[PR]
by shushokukatsudou | 2004-12-29 19:17 | その他の雑記
shinji_y0301さんにトラックバック

25日はここに行っていた。
人材コンサルA。

なぜ彼のところにTBしたかというと、見た瞬間に彼のところで出ている人間が誰か分かったからだ。

>全然ワークに取り組もうとしないやつに遭遇。

>「もういーや」、「リーダーの発言に俺は任せるよ」、
>「俺、あっちのチームに移籍しようかなぁ」、
>「別にどうでもよくね?」、「もうあとは運に任せよ!」、
>「あー疲れた。もうエネルギー使い果たしちった」、
>「やばいやばい時間ねーって」、「やばい俺らトリじゃん!かなり熱くね?」などなど...
>行動もふてくされたりとか。

(上記TB先から引用)

とはいってもshinjiさんと同じグループだったわけではない。GDを行う際、テーブルを移動し、メンバーを変更させられたのだが、上の彼とは最初のテーブルが同じだったのだ。文章だけなのに、あいつだ間違いない、と思ってしまうほど、特徴的な人だった。

shinjiさんがどう考えどう行動したかということがTB先に書かれているので、もし自分だったらどうしたか、ということを考えてみることにする。

GDで一番大切なことは何か、というと、「目的を明確にすること」だと思う。目先の目的ではなく、究極的に達成したい目標である。それは具体的なものであればあるほどいい。例えば、外資メーカーPのGDの目標は「売り上げを10%上げること」だった。当たり前のようで意外と見落としがちなので注意したほうがいい。
それぞれ違うバックグラウンドや知識を持ち合わせた初対面の人間同士が、集まっていきなり議論をしろといっても、それは無理というものだ。大前提として、「何を目指すのか」。「正確に」把握しておくことが必要だ。限られた資源の中(多くの場合は時間)で、すべての努力はそのために向けられるべきで、その足並みの統一は必要不可欠だといえる。

ただ、今回は、それ「以前」の問題だった。
さてどうしよう。

多分おれだったら、「彼に同調する」のではなく、「彼に同調させる」方向で話を進めただろうと思う。彼に意見を求めるのではなく、意見をつくった上で、「どうよこれ。熱くない?」と。「熱くない?」がポイント。熱いのだ。熱いのは明白!という勢いで同意を求めれば、確実に彼は「熱い」と言ったと思う。
食いついてきたらしめたもので、後は適当に騒がせておけばいい。話すたびに意思確認だけとり、実際の議論は他とする。ほうっておいたらまた騒ぎ出すので、基本的には彼よりしゃべる。彼よりしゃべるけれど、彼にもしゃべらせる。ただ、しゃべらせる内容は、単なる同意だけ。イニシアチブは握りつつ、適当に場にも参加させておくようなコントロールを狙ったかな、と思う。

・・・出来る出来ないは別として。


長期的に付き合うのならば、

>「こいつ変わってるやつだなぁとか変わってておもしろいやつだなぁ」

という見方もするだろうが、仮に選考過程なのだとしたら、そんなことを言っている余裕はないんじゃないか、とも思う。人間としての付き合い方としては?だが、選考(あるいはビジネス)なのだ、と考えると、ある程度戦略的に動くことも必要かな、と。同意されていればいやな気もしないし、彼にも「一緒に議論している」という空気が生まれれば、その先に何かが変わる、かもしれない。


---------追記部分

・・・しかし、読み返してみると、ひでーこと書いてるな、おれ。ただ、広告代理店に内定した後輩は「適当にあしらっときゃいーんすよ、適当に」と。「その後、肩叩いて、おう飲もうぜって言えば良いんじゃないすかね」。

・・・Dんつーらしーなーと思いましたとさ。良い悪いという問題ではなく、それもひとつの手段だと思うのだ。非常に残念なことではあるけれど!


誰とでも分かり合える、というのは、幻想じゃないかと思う。

分かり合えなくて当然。
その上でどうやってその部分をつき合わせていくか。突き詰めていくか。
それがコミュニケーションじゃないだろうか。

もし、その部分が合致したら、最高にexitingだと思うし、それは基本的には「分かり合えない」者同士だから、なのかな、と思う。
全部分かっている同士が、議論の末分かりあえたとしても、全然面白くない。分かりあえないやつと、少なくともある一部分で分かりあえることができたからこそ、興奮するし、ひょっとしたら感動すらするのかもしれない。

それがコミュニケーションの醍醐味ではないか、と僕は思います。

---------------

**ここから先は参加していないと意味がわかりません。

続きを読む。
[PR]
by shushokukatsudou | 2004-12-29 16:15 | GD

ハードル

ここ数日忙殺されていて、更新ができなかった。
色々書きたいこと(=文字に落とし込みたいこと)があるのだけれど、また後で。

ハードルってあると思う。
沸点と置き換えてもいいし、満点という言い方をしてもいい。

それは人それぞれで、自分が自分のハードルを飛べばいいし、満点をめざせばいいと思う。要するに人生は自己満足だ、なんて分かったようなことを言うつもりはないけれど、真の意味で自分を評価できるのは最終的に自分だけであって、それが一番大事なんだと思う。

だから、人のハードルを見て、自分と比較すること自体が間違っている。ハードルの高さは人それぞれ違うわけで、高い、低いは問題ではない。問題は自分がそれを飛び越えることが出来るかということだけである。たとえ自分から見たら低い(そもそも高い低いの二元論だけで議論するのもおかしい気がしなくもないけれど)ハードルだとしても、それを飛び越えて得られる充足感は、最高のものであるはずで、それ自体が素晴らしいことなんだろう。それを考えられず、他者を見下すような人間は哀れである。(が、それもある意味でその人の「ハードル」だといえばそうだし、その意味では別にいいのかもしれないけれど。)


大切なことは、自分自身のハードルがどこにあるのか見極め、それを飛ぶために自分は何をすべきなのかを考えることである。そして、実際に飛ぶこと。就職活動だけでなく、これから社会人として歩いていく上でずっと、なのだろう。


「飛ぶ」ということが一番大切なのは言うまでもない。安易に人と比較するな、という点もあわせて自戒の意味をこめて。


あなたのハードルはどこにありますか?
[PR]
by shushokukatsudou | 2004-12-28 14:02 | その他の雑記
OH MY GOD.

Mは○○である、というテーマ。
用紙があったらしい。

・・・ふっつーに、見てなかった。。。

自由なのかと思いパワポで資料をつくっていったわけですが、入り口でなんかおかしいぞ、と思った僕の混乱を想像してください。反則気味といわれつつ、印象に残った例のひとつとして紹介されたので、ここでも紹介。本当は16枚の資料があったのだけれど、、、そのうちの四枚を。

テーマは、「広告から見る三菱商事」。(伏字にしても仕方ないので今回だけ出します)

b0041658_1594357.jpg


b0041658_21931.jpg


b0041658_22880.jpg


b0041658_23070.jpg



ちょっと見づらいなぁ。

まあ、普通にやったのでは面白くないなと思ったので、「広告」という観点から色々考えてみたわけです。結論はありきたりだけれど、そこに持っていくまでの説得力が大事かな、と。偉そうなことを言ってみる。ま、今回は結論は、一番最後に考えたんだけれどね。あ、これって”人”じゃん、みたいな。なので、よりすんなりと受け入れられたのかもしれないです。ちなみに、三菱商事の広告に関しては、WEBページWEBページに載っているので、気になる方は見てみてください。

グループワークの方は残念ながら選ばれませんでした。シートに考えていたことをしっかりと載せられきれなかったのが原因だと思う。こちらが考えたモデルが、しっかりと伝わらなかったみたいです。残念。モデル図はあくまでモデル図で、それとは別にしっかりと「言葉」で表現する必要性を感じました。難しい。


それとグルワとは直接関係ないのだけれど、今年買ったものを三分で出来るだけ羅列させ、その後それから三点セットを選び、タイトル、説明をつけて社員の方にプレゼントするという企画では、ふたつつくりました。


「テニス三点セット」(ラケット、ウェアー、シューズ)

ストレス発散に!
運動不足解消に!
テニスはどうですか?
品プリのテニスコートで待ってます!


「詩人三点セット」(ノート、ボールペン、消しゴム)

ふと思いついた詩を書き留めてみませんか。
大事な瞬間、なくさないように。

消しゴムは使えません。



我ながら、詩人三点セットは秀逸だと思う。ボールペンなのに消しゴムかよ!意味ねーじゃん!ってところがもう最高に面白いね。おれおもしれー、と今日は大満足でした。
[PR]
by shushokukatsudou | 2004-12-25 02:26 | 本日の就職活動
大手教育系出版社でスタッフの仕事をしていた。テレビCMなどでもおなじみの会社である。女性に働きやすいとの評判だが、実際社員の半分以上が女性ばかりで、おれが働いていたセクションは男性の比率の方がずっと少なかった。
高校生を相手に文章を書いたり、彼らのネットコミュニティーの場のリーダー的な役割をしていたのだが、そこで受験勉強が終わった高校三年生の卒業に向けて書いた文章がある。

受験勉強なんてたいしたことはない、というのがその趣旨だった。


受験勉強は、一番が決まっている。そして、何をどうやれば成績が上がって、どうすれば一番になれるのか、その方法も分かっている。一番になりたければ、それをやればいいだけの話だ。それ以上でもそれ以下でもない。だから、受験勉強なんて大したことはない。

そう書いた。

大学に入ってから、いや、大学を卒業してから、本当の勝負が始まる。そこでは、みんながそれぞれの一番を目指さなきゃいけない。どうすれば一番になれるか、なんていうのも誰も教えてくれない。全部自分で考えなきゃいけない。そこからが本当の勝負だ。今、君たちは、そのスタートラインにようやく立てたのだ。

受験に失敗した人は、しっかりとその結果を受け止めてほしい。何が足りなかったのか、しっかり考えてほしい。そして、また上を向いて、頑張ってほしい。何が一番なのか分かっているんだから。そんな、ある意味では、くだらないものにはさっさとケリをつけて、先に進もう。本当の勝負はずっと先にある。


そんな趣旨だったような気がする。

今振り返ると結構チャレンジャーな内容だが、社員さんには思ったより評判が良く、高校生講座の懇親会でなぜかスピーチまでさせてもらった。



今、自分の身に置き換えてみるとどうだろう。


就職活動は、人生の勝負の場か?


違うと思う。
でも、そのスタート地点に立つための試練の場だろう。

高校生にはこう付け加えた。「厳しいように聞こえるかもしれないが、こんなところで頑張れないんだったら、多分本当のところでも頑張ることなんて出来ない。」

今も同じだな。
今、必死にやらないと、多分、本番でも戦えない。

だから、必死に。
言い訳することなく。
自分と向き合って。


おれの一番って一体なんだろう。


あなたの一番ってなんですか?
[PR]
by shushokukatsudou | 2004-12-24 08:46 | 自己分析、自己PR

人生とは

人生ってなんだって言われたって、そんなんわかるか!
まだ20年ちょっとしか生きていない。

そう思ってふと考えた。

死ぬときに、多分分かるんじゃないかな。
というか、少なくとも、死ぬときにならないと分からないんだろうな。

何のために生きているか、なんて分かって生きている人なんて、多分いない。何のために働くのか、という問いより、はるかに難しくて、はるかに先にある。


だからひょっとしたら、人生とは、「問い続けること」、なのかもしれない。
そう思った。


四六時中考えていたら、疲れてしまうけれども。


今日は午後から、商社Mのワンデーインターンシップに参加してまいります。アサイメントの「Mは、○○である」を考えていたら、人生って何だろうと思いました。うん、さしあたって、あんまり関係ないね。
[PR]
by shushokukatsudou | 2004-12-24 07:48 | その他の雑記

タイトル再変更

考えるためのblog から 考えて、動くためのblog に変更しました。
動かないと意味ないよね。

さしあたり、部屋の掃除します。
[PR]
by shushokukatsudou | 2004-12-22 22:45 | このブログについて
ここ最近、就活が忙しくなり、団体戦も終わってしまったこともあって(今年も準優勝だった)、バイト以外でテニスをすることがなくなってしまった。先週のレッスンは休んだし、今日は久々のジュニアでのレッスンだった。大人のレッスンは、正直テニスの技術ではなく「口」でお金をもらっていると思っているが、ジュニアはごまかしがきかない。テニスでお金をもらっている。

打って、思った。筋力が確実に落ちている。高校生や中学生相手なら、確実に球威だけでつぶせていたのに、今日は普通に打ち合えてしまった。鏡の前に立つと分かるのだが、胸筋は確実に落ちているし、腹筋も割れ目があやしくなってきた(泣 見た目の筋力と、球の勢いがちょっとやらなかっただけで、分かりやすいくらい落ちてしまうのは悲しい限りだが、やはり日々の鍛錬には意味があるということだろう。アシスタントで入っている高校生のクラスで、最後に全勝した子と試合をさせられたときはどうなるかと思ったが、なんとかコースとボレーでごまかし勝った。いずれにせよ、これから就活で厳しくなるが、テニスだけはやっておこうと思う。

今年最後のレッスンということで、試合ばかりやらせたのだが、最後にプロのコーチが

「試合で練習通りにやらないのは、緊張してやれないからじゃない、練習通りのことを試合で出す勇気がないからだ。試合の前に自分に負けたからだ。」

と言っていたのが、印象的だった。負けた小学生が、泣きながらそれを聞いていた。

緊張して普段通り出来なかったとは絶対言うな、とも言っていた。ま、ちょっと極端な気もしなくはないが、ただ、納得できる部分もある。大切なのは、ラケットを振り切る勇気。ネットにつく勇気。ほんのちょっと頑張りや勇気が、大きな結果の違いに結びつく。


就職活動も、そしてひょっとしたら、人生も、そんなちょっと勇気が何かを変えるのかもしれない。





・・・タイトルの「テニスコーチから得たもの」。最初は自己分析のつもりで、それを書こうと思っていたのだが、話がそれてしまった。
[PR]
by shushokukatsudou | 2004-12-21 01:20 | 自己分析、自己PR